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【特集2】春祝魚と押し抜きずし

春祝魚と押し抜きずし
昔ながらの押し抜きずしは、酢飯1合分もあり、食べ応え十分。酢で締めたサワラ、ソラマメ、卵、木の芽などを飾り、中にも甘辛く炊いたフキやニンジン、シイタケが入っている。

香川県の春はサワラ漁でにぎわう。
農家には、その時期のサワラを親戚縁者に振る舞う
春祝魚(はるいお)」という風習があり、欠かせないのが、
ハレの日の郷土料理、押し抜きずしだ。

サワラで春を祝う

 関東などでは冬がおいしいと言われるサワラだが、瀬戸内の旬は春から初夏。産卵のため、しっかり脂が乗ったサワラが外洋から瀬戸内海に入り、漁は最盛期を迎える。

 香川県の農家は、その時期にサワラ1匹を丸ごと買い求め、親戚や近所に振る舞った。春を祝い、麦刈りや田植えを前に息抜きをし、栄養をつけて鋭気を養うという意味もある(うたげ)で、身は刺し身や焼き魚、真子はフキとソラマメとの煮付け、白子は白みそ仕立ての汁と豪勢なサワラ料理が並び、押し抜きずしが主役を張った。

 農繁期を前に、結婚して間もない嫁の里帰りが許され、婚家では丸ごと1匹のサワラを持ち帰らせた。嫁は実家で骨休めをし、戻る時には持たせてくれたサワラで作った押し抜きずしを手土産に。サワラと押し抜きずしが行き来して、婚家と実家の仲を取り持った。

 また、普段は質素倹約な讃岐人が、年に1度思い切って買うサワラだけに、尾まで無駄にはしなかった。玄関の戸口にくぎで打ち付け、夜に火を付け脂を燃やして明かりにしたとも、魔よけ代わりだったとも伝わっている。

現役の味ごよみ

 昭和50年代に全県を挙げて行われた郷土料理の調査では、サワラや押し抜きずしに関する春の風習が、瀬戸内海の島々も含めたほとんどの地域に少しずつ違う形で存在することが報告されている。「春祝魚」の他、「麦うらし」、「サワラ初穂」などの名でも呼ばれていた。

 「今は、サワラを1匹買って春祝魚を行う家は少なくなってきましたが、切り身のサワラを買って押し抜きずしを作る家庭はまだまだあります」というのは郷土料理研究家の十川時子(そがわときこ)さん。料理教室で若者や子どもに地域に伝わる料理を指導し、その習わしも伝承している。

 最近は、スーパーや産直市場でも販売しており、誰でも気軽に食べられ、より身近になったとも言える。サワラの押し抜きずしで、香川の春をしみじみ感じたい。

抜き型の写真
多彩な抜き型。四角で作られる事が多く、扇、松や梅なども使われる。

春祝魚の押し抜きずしに欠かせない特産2品

サワラを愛し、守る

 瀬戸内海のサワラは、カーテン状の網を仕掛け、網目に魚体を刺させる「流しさし網漁」で取る。胴回りに残る網の跡は瀬戸内産の証しとなっている。

 1986年に1000トンを超えたサワラの漁獲量は、乱獲などで1998年にはわずか18トンまで減った。そのため、香川県の漁業者と関係者が協力し、卵から稚魚まで育てて放流したり、自主的に網の目を大きくし、秋漁を休む(現在は一部再開)など資源に優しい漁を行っている。さらに、香川県からの働きかけで、瀬戸内沿岸の11府県が協力して海域ごとに細かく漁を規定し、現在では適切な漁獲量が保たれている。

 サワラの春漁は海域により異なるが4月20日前後から。高松市中央卸売市場での初競りは、本格的な春の到来を告げる風物詩だ。

サワラの写真

緑鮮やかな「新豆」

 春から初夏のごく短い期間、店先に並ぶ、目にも鮮やかな緑色のソラマメを、香川では「新豆」と呼ぶ。麦の間作として栽培されていたものが、特産野菜になった。

 香ばしくいったソラマメをしょうゆに漬け込む郷土料理「しょうゆ豆」もあり、1年中ソラマメに親しんでいる。

新豆の写真